La Vie en Rose

思考の備忘録

0331の下書き +α

あるツイートを探しているフォロワーさんがいたが、該当ツイートに心当たりがなかったため、助けられなくてごめんと思った。

 

自分の話したことに対して、「高尚な話」といわれてしまうのは寂しい。壁を一枚置かれてしまうような気分。「そんな高尚な話、考えたこともなかった」と軽く笑いながら言われて、そこに悪意は一切なかったのだろうけれど、一瞬閉口してしまった。

でも、そのことを残念に思う気持ちと、その人に対して抱く感情は必ずしも一致しない。彼女のこと、今後もっと深く知って行きたいな、と感じている。

 

先日、「申請主義が情報弱者に優しくない」というツイートを見かけてから気がつけばそのことについて頻繁に考えている。情報弱者に対して「自己責任」で片付けていいのだろうか。一方で、「知ろうとしない(無知)(無学)」に非がないと言えるのか。

法律を勉強する過程で、"法の不知はこれを許さず"という文言について学んだ。

(以下"教えて!goo"より)

「法律を知らなかったからといって犯罪にならない、ということは無いよ」ということで、これは刑法38条に規定されています。

(中略)

民事でも同じです。
借金も相続されるなんて知らなかった、といっても、それは通りません。
法律を知らない方が悪いのです。

酷なようですが、こうしないと法律など有ってもなきがごとくになってしまうのでしょうが無いのです。

現代社会にあっては、最低限の法律ぐらい知って
おく必要があるし、重要なことはすぐ専門家に相談すべし、ということです。

法律はこうした精神を根底に成り立っているので、そうすると情報弱者の救済は教育しかないのかなという気もする。

 

 

昨年の7月に一度上げて、その後下げた記事で書いていた子が、卒業を直前に彼女と別れたという報告を受けた。少し驚いたけど、意外性はそこまでなかったな。「自分以外全員他人」である以上、結局はお互いがどれだけ価値観のすり合わせが出来るか(したいと思えるか)だなあと思わされる出来事だった。

愛情の定義が、「相手のありのままの姿を愛する」なのか「(自分を)愛しているなら(相手が)変われるはずだ」なのかでタイプが分けられるような気が勝手にしている。ここの認識が合わないと難しいのかなと推測しています。